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日本の包装機械産業の歩み

包装機械産業の始まり

包装機械が日本で初めて作られたのは、今から約110年前の明治37年(1904年)頃であります。当時、ヨーロッパから輸入された「ビールの殺菌処理を施しつつ、びんに充填する装置(びん詰機)」のメンテナンスを請け負っていた会社が、この機械を参考にデザインして作ったのが始まりと言われています。当時としては画期的な機械として注目され、これに刺激されて明治43年(1910年)には東京の機械メーカーが、ラムネ飲料のびん詰機を製作し、大正6年(1917年)には常温で中身を傷めることなく携帯もできる保存食品用の缶詰機が開発されました。

戦後から現代まで

その後は度重なる戦禍の影響により包装機械の開発は途絶え、約30年間に亘る空白期間を経て、ようやく第二次世界大戦後の昭和22年(1947年)に東京、愛知で食品機械や繊維機械を製作していたメーカーによってキャラメル包装機が開発され、これを契機に産業としての基盤が緒につきました。昭和20年代には日本経済も戦後の復興に伴い国民生活も年々向上し、昭和28年(1953年)には日本で初めてスーパーマーケットが出現したこともあって、包装が重要視されるようになるにつれ、多くの包装機械が開発されてきました。昭和20年代に開発された主な機械は、錠剤用のストリップ包装機、紙巻きたばこ用・かまぼこ用の折りたたみ形式上包機、キャンディ用のひねり形式上包機のほかに粉末医薬品用の三方シール包装機およびアルミ箔用のスリッター等でしたが、包装機械メーカーも10社足らずで生産高状況は不明であります。

昭和30年代に入ると包装機械の開発も加速し、魚肉ソーセージ用の結さく機、固形食品用の小箱詰機、常温で長期保存が可能な食品用の真空包装機、ガラスびん等にラベルを貼るラベル貼機、贈答箱等を束ねるひも掛け機、キャンディ・米菓を袋詰めする縦型製袋充てん機、インスタントラーメンを袋詰めする横型製袋充てん機、漬物等を袋に充てんする給袋式袋詰機、袋の口を密封するシール機、錠剤カプセル用のPTP包装機からケーサ等にわたるまで、多くの包装機械が開発されました。その結果、昭和35年(1960年)には、メーカー数も60社程度まで増加し生産高も38億円を記録するまでに成長しました。

昭和40年代に入ると段ボール箱等を束ねるPPバンド掛け機、カップ麺等を密着包装する収縮包装機、生鮮食品をトレイに入れ密着包装するストレッチ包装機、液状ミルク等を紙容器に充てんする紙容器成形充てん機、ピーマン等1個1個質量、大きさの異なるものを与えられた重量(100g、500g等)に計量する組合せ式計量機、プラスチック袋を製作する製袋機等も開発され、包装機械産業は、昭和45年(1970年)には、メーカー数も163社となり、生産高は560億円までに拡大しました。

昭和50年(1975年)には、昭和48年(1973年)秋の第一次オイルショック時にも成長を確保し、メーカー数381社、生産高も1,070億円までに発展しました。

昭和20年代から40年代に包装機械の基本となる技術は開発されましたが、昭和50年代に入ると、例えば砂糖を10g等の単位に棒状に包装するスティック包装機が開発されたほかに、世界に先駆けマイクロコンピュータを搭載した横型製袋充てん機の実用化に成功し、日本の技術レベルを世界に認知させました。これを契機に多くの包装機械がマイクロコンピュータ化され、操作性の向上、多品種少量生産品の自動包装化が進み、さらに昭和60年代の初めには、マイクロコンピュータ制御によるサーボモータ駆動の包装機械の開発が進み、メカトロ包装機械の全盛期を迎え、現在に至っています。

現代の包装機械産業

今や、日本の包装機械産業は、メーカー数も400社を超え、生産高も3800億円台の規模に拡大し、世界5大生産国までに発展しました。平成3年(1991年)秋に、バブル経済がはじけ、日本の経済社会は本格的な少子高齢化社会に入り国内需要は停滞の傾向にありますが、包装は生産から消費まで「中身を保護し、物流の便利性を保ち情報を伝達する」という使命を担っており、これからも、『包装機械』は必要不可欠で、重要な機械として産業を支えていくものと確信しています。

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